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十字架の丘―無数の十字架が掲げられた聖地とは

観光地しても人気の国リトアニア!

皆さんはリトアニアという国をご存知でしょうか?

旧ソ連、現在はEUに所属する東欧の国で、エストニア、ラトヴィアと合わせ、バルト三国と総称されることもあります。

リトアニアは敬虔なカトリック国としても知られ、街を歩けば多くの教会が軒を連ねます。

日本とも実は関わりがあり、「命のビザ」で有名な杉原千畝さんが赴任していた国でもありました。

一時は東欧最大の国となるも、ロシア、またソ連の支配のもと、現在はいわゆる小国といわれる立ち位置にあります。

しかし、ポーランドとも縁深い歴史や伝統には奥深いものがありますし、観光地としても一定の人気を誇っている現在。

今回は、そのリトアニアにある「十字架の丘」をご紹介させて頂きます。

 

十字架の丘って?

十字架の丘は、リトアニア北部のシャウレイの近くに位置する巡礼地です。

多くの十字架が掲げられ、今なお世界中の人々によってその数は増しています。

今や、リトアニアの全人口を越える数の十字架とされているほどのこの巡礼地。

では、なぜこんなにも多くの十字架が掲げられるようになったのでしょうか?

 

人々の想いが込められた不滅の十字架

その正確な理由はわかっていませんが、まずひとつ、リトアニアは敬虔なカトリック国として知られています。

ですが、度重なるロシア帝国、またソ連の支配によって、その信仰は脅威に曝されます。

その中で反乱を起こした人々の家族が、遺体の変わりに十字架を丘にたてた…。

こんな逸話が残っています。

それからというもの、リトアニアの人々にとって、この丘は重要な意味を持つものでした。

独立戦争時には、死者のために祈る場所として。

支配を受けている際には、自分たちの宗教や遺産への敬意を示すため。

十字架の丘は、彼らの想いを支えていったのでしょう。

それもあって、ソ連軍は実に三度もブルドーザーによる撤去を試みました。

しかし、今でも丘に十字架は残り、こうして数を増やし続けています。

そうして、丘に掲げられた十字架は過去の、そして今の想いを未来へと残しているのですね。

 

教皇も訪れる文化遺産は行ってみる価値あり!

1993年には、教皇さえもこの地を訪れており、今ではユネスコの無形文化遺産にも登録されています。

現在、この地はいずれの管轄にも所属せず、出入りが自由となっています。

なので、世界各地から旅行者が訪れ、想い想いの祈りや願いを込めて、十字架を捧げていますよ。

なかなかリトアニアという国に馴染みはないかもしれません。

けれど、蛍光ピンク色のボルシチや、美しい街並み、そして教会。

またソ連支配下に残された痛々しい傷跡など、あらゆる目線から見れる多くの歴史がリトアニアには残っています。

残念ながら日本からの直行便はありませんが、フィンランドを経由してすぐですし、他のバルト三国と合わせ巡るのも、それぞれの違いが見れて楽しいかもしれません。

またロシアやベラルーシ、ポーランドなどの他の東欧国家とも縁深いので、ついでに寄ってみるのもおすすめです。

 

十字架の丘へのアクセス方法とは?

最後に、簡単にアクセス情報をご紹介いたします。

リトアニアの首都、ヴィリニュスから十字架の丘を目指すためには、まず電車かバスに乗る必要があります。

電車の方が快適ではありますが、実はリトアニアにおいて電車は有効な交通手段ではありません。

なので、現実的なのはバスかもしれません。

そこから、まずはシャウレイを目指します。

そしてさらに、シャウレイからヨニシュキス(Joniskio)行きのバスに乗り、ドマンタイ(Domantai)で下車。

ドマンタイのバス停は何もないため、一見わからないのですが、旅行者が降りるのは大体そのバス停。

誰かと話せるようなら、ドマンタイで降りたいと伝えれば、教えてもらえるでしょう。

無理そうであっても、それらしいバス停の時は、運転手に聞いてみるとよいと思います。

幻想的で圧倒的な存在感を見せる十字架の丘。

あなたも、想いを込めた十字架を、この丘に掲げてみてはいかがでしょうか。

 

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